2011年5月8日 不信の時代の信(ひねくれ者のための聖書講座27)

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2011年5月8日     不信の時代の信(ひねくれ者のための聖書講座27)

 ゴールデンウイークは、ほとんど何もせず、何も考えずに脱力する予定でしたが、そういうわけにはいかないニュースがいっぱい入ってきました。
 まずは、29日の内閣官房参与の小佐古(こさこ)氏の辞任です。3月16日に原子力災害の収束に向けた問題に関して、首相を補佐するために任命されたばかりでした。小佐古氏はチェルノブイリ原発事故の研究家としても国際的に認知されている原子力分野で日本を代表する学者ですが、菅さんはこの小佐古氏のことは全く面識もなく、空本議員の紹介で任命したと伝えられています。小佐古(こさこ)氏は辞任に際して、辞意を表明する文書を明らかにしています。その中で特に、小学校等の校庭の利用基準に対して、この年間20mSvの数値の使用には強く抗議し見直しを求めています。良心が麻痺していない専門家は、ICRP(国際放射線防護委員会)が提示する1~20ミリシーベルトという数値の意味を、日本政府は曲解すべきでないと言います。ICRP勧告に示される1~20mSv/yは、一般公衆に被曝上限を1mSvとし、原子力関連事業の専門従事者に例外的に20mSvの被曝を許容するものだからです。小学校の児童に20mSvの被曝を強要するのは、極めて危険です。小佐古氏も「年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです」と書いています。
 
 こうした中、菅直人首相は6日、中部電力に対し浜岡原発の全面停止を要請しました。民主党内からも、菅さんを批判する声が高まる中で、人気挽回を狙ったご英断だと思いますが、取りあえず停止に踏み切ったことは良いか悪いかと言えば取りあえず良かったと言わざるを得ません。それが国民の安全、安心の為であったのか、自分の安全、安心の為であったのかは、残りの原発や、これからの原発をどうするかで見定めることとしましょう。
 今回停止が決定された浜岡原発について簡単に説明しますが、ウミガメが産卵にやってくることでも知られる静岡県御前崎市にあります。そこはこともあろうに、東海地震の想定震源域の真上に立地しているのです。菅首相は停止要請の理由について「30年以内にマグニチュード(M)8・0程度の東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している」と説明していましたが、東海地震は、駿河湾から九州にかけての海底の溝、南海トラフ沿いで起こる地震のひとつで、西隣に東南海地震、さらに西に南海地震の震源域があります。各地震は100~150年おきに発生しています。南海トラフというのは、陸側のユーラシアプレートの下に海側フィリピン海プレート沈み込んでいる境界部分の大きな溝のことです。この付近ではプレート境界型(と呼ばれる巨大地震が繰り返されるのです。東海地震がなぜ特に心配されるかと言うと、前回の1854年以降、150年以上経過しているからです。つまりいつ起こっても不思議ではないというわけです。
浜岡原発は、一番旧い1号機でも、たかだか35年前に稼働しただけです。初めからそんな場所に原発なんか作るなと言いたいところです。実は、この1号機と2号機は耐震補強に巨額の費用が掛かるとして廃炉が決定しており、すでに2009年には運転を終了しています。3号機は定期検査で停止中ですが、4、5号機は稼働している状態でした。
 東日本大震災で日本列島全体の力のバランスが変わり、東海・東南海・南海地震の発生が早まる可能性は十分にあると指摘する専門家も大勢います。首都圏直下型を含め巨大地震や大津波がいつ、どこで発生してもおかしくないので、この浜岡に限らず、すべての原子炉を止める必要があると私は思います。
 菅さんは、2030年までに原発を14基以上増やすエネルギー基本計画については取りあえず見直しを表明していますが、どうなるのでしょうか。

 国の発表は嘘だらけです。
 福島原発の使用済み燃料の核爆発で、広範囲に半減期30年のセシウム137が堆積しており、原発60Km圏でさえ最大60万ベクレルが測定されています。これは、チェルノブイリリ原発事故の移住地域指定基準をも超えているのです。3月20日の原発から北西40km地点、地表より2cmの土壌中のセシウム137は、1平方メートル当たり800万ベクレルというデータもあります。ちなみにチェルノブイリの最高セシウム137計測値は500万ベクレル/1平方メートルでした。国の発表するデータは、地表でなく土壌を測定し、グラム単位にして簡単に過去のデータと比較できないよう小細工されたています。
 首都圏の放射線量もかなり危険なレベルに達しています。現在のチェルノブイリ原発から30キロ圏内の立ち入り禁止区域の放射線量とほぼ同じなのです。
 チェルノブイリでは、何十年も経ってから、特に避難指示の無かった低レベル放射線汚染地区で20年後にガ甲状腺ガンや白血病が大人に急増しています。
 NHK は15年前にかなり良くできたチェルノブイリの特番を作っていましたが、最近になって過去のチェルノブイリの特番をオンデマンドから削除しました。つまり、まさに今日本で同じことが起こっているからです。「現在のNHKの報道と、今から15年前の特番の内容が矛盾している」という視聴者の声がNHKに寄せられていた矢先だったそうです。政府が、福島の事故に対して「ただちに健康に被害を与えるものではない」「冷静な対応を」と繰り返す裏側での冷静な対応でした。ただちの健康に被害を与えなくても10年後、20年後に多くのガン患者を生むことになるのを彼らは知っています。しかし、その時彼らは政府の要職を退いています。もし、責められても、「あのときは何しろはじめてのことで、想定外で、全力を尽くしました」と言い訳するはずです。

 5月5日に、小学校5年生の児童が鼻出血など放射線障害の急性症状で亡くなったという情報もネットで流れました。その子どもは、被曝当時は福島県久ノ浜にいたそうですが、静岡県の病院で亡くなったそうです。遺族からの情報のようです。すぐさま「それはデマだ」という情報も出ています。いずれにせよ、福島の子どもたちが安全な状況で安全に過ごせないことは明らかです。
 中部大学の武田邦彦氏は4月2日の段階で、福島や近県の教育関係者に呼びかける文書を出しています。自分で自分の健康を守れない子どもたちを守ってやってほしい。教育は政治とは独立してあるべきと訴えています。今日は全文の資料を持ってきていますので、興味のある方は後でお見せ出来ます。
その中にこのように書いてあります。「ご自分でご判断しないでください。あくまでも『基準以上は危険。基準以上で児童生徒の登校をさせない』と決意してください。 学校の先生は教育上の全権があります。いろいろな事情があるでしょうが、ここで教育者としての責務を貫いてください。 これまでの、世界の被曝の経験では、ICRPのデータにもあるように、すでに数100名の児童生徒が20年以内にガンになる可能性のレベルまで来ています。『危険を承知で知らない顔をする』ことこそ『風評』であり、事実を直視することは『風評』ではありません。事実を見るには勇気が要りますが、将来の子供のために先生方が勇気をもって事実を見て、具体的な行動をとっていただく事を切望します」
 現場の先生の中にも立ち上がって声を上げている人がいます。呼んでみると、いかにも小学校の先生らしい文面です。気持ちは痛いほど伝わってきています。
 「とにかく、子どもを守りたい。学校ごと避難できれば一番良いのですが、そんなことをすれば補償がかさみますから、政府は絶対に決断しないでしょう。自主避難できる人はしてほしいけれど、それもなかなか難しい。ですからせめて、体育や部活動の自粛をしたうえで、土壌の除染作業をまずやってほしい。政府はなかなか動こうとしないと思いますが、声を上げ続けなくてはなりません。こうしている間にも、子どもたちは被爆し続けているのです」と深刻に訴えておられます。
 
 その福島県政のトップにな県知事佐藤氏がいます。被害者ヅラをしていますが、実は彼こそがmox燃料原発推進した張本人です。一番先に県民土下座しなければならないのは彼です。
 罪の深い人ほど、己の罪には鈍感です。福島原発が危機的状況に置かれるなかで、責任ある当事者のどれだけが、福島原発の現場で陣頭指揮を執っているのかを見ても、今、福島原発がどんな状況にあるのかわかります。政府は3月11日に現地対策本部を福島原発の南西5キロの地点の福島県原子力災害対策センター内に設置しました。ところが、政府は3月15日に、新たな内閣府告示を出して現地対策本部を福島原発から北西65キロも離れた福島県庁内に移したのです。放射能から逃れるためです。テレビでは福島原発の状況が随時、記者会見で伝えられていますが、東電からの記者会見がどこで行われているかご存じですか。福島原発から300キロも離れた東京電力本社です。現地からと称して、東電社員および原子力安全・保安院職員が記者会見に応じていますが、その発信は65キロ離れた県庁からです。安全を監督する立場の保安検査官が3月17日までに福島県庁に避難して現場には一人もいないのです。自分たちは65キロ離れた遠隔地に逃げておきながら、近隣住民に対しては、いまも20キロの地点に張り付けたままです。菅さんは3月20日に現地視察を行うことを発表しておきながら、雨が降って被曝の恐れがあるために、急きょ視察を取りやめてしまいました。安全を繰り返している人は危険を感じてそそくさと対応していることに注目すべきです。

 前回のメッセージでも「原発を受け入れた自治体は崩壊していく」という話を少ししましたが、それは、原発を受け入れた自治体に、ベラボーなカネが転がり込む仕組みができているからだと申しました。具体的に言います。資源エネルギー庁のモデルケースによると、最新型の原発を誘致した自治体は、45年間で2455億円もの巨費を受け取ることができるのです。ただし、支給金額は一定じゃない。着工から運転開始までの7年間が最も手厚く、総額433億円とも言われます。しかし、支給額は、着工から7年を過ぎるとガクッと減らされます。電力業界関係者によると、これがクセモノだそうです。8年目は前年の4割程度に落ち込むのです。不足分の穴埋めには、新たな原発を誘致するのが手っ取り早い。電力会社に牛耳られた地方財界や政治家も後押しする。そうやって1号機、2号機……と同じ場所に原子炉が建設されていくのです。原発は麻薬と同じ。一度手を出すとやめられないそうです。この麻薬は住民の暮らしもマヒさせる。電気料金は大幅に割引されるし、原発施設の地主は特定の商売で独占権を与えられます。雇用面でも福島原発の周辺は、3、4人に1人が東電関連の仕事をしているのです。
 つまり、原発を誘致した地域住民にもそれを許してきた責任があるのです。最近見たニュースの中で最も不愉快だったのは、土下座する東電の社長に向かって暴言を吐く住民の姿でした。気持ちはわかりますが、どこか違うのです。
 私が福島県の被災者の方々のことを思いながら、強い違和感を持ち、どうして不愉快な気持ちになったのかを分析してみると、こういうことです。要するに、あの暴言を吐いてきたおじさん、おばさんは、自分が被害者の立場に立たなければ考えもしなかったであろう正義をこの時とばかり持ち出しているからです。人は理不尽な苦しみにあったとき、正義や真実に対してものすごく敏感になります。

 長い前置きをしましたが、ルカ23章を見ていきます。何も信じられない、確かなものなど何もないと思えるこの時代に、唯一私が信じるに足るのはイエスのことばです。人間は理不尽な苦しみに会ったときに、その人の真価が問われます。何の罪も犯されなかった御方が罪とされ、十字架に架けられて死んでいく場面にこそ、人類の歴史が反転する秘密が隠されているのです。
 今回の原発をめぐる出来事ほど、人間の罪を明らかに写すものは無いように思えます。十字架に架けられたふたりの強盗は、まるで放射能漏れを起こした原発のようなものです。何事もなく稼動する原子炉は電気をおこし、さまざまな仕事を成すでしょう。それはあたかも順風満帆の人生を謳歌する人間のようです。しかし、事故が起こらなくても、本来、原発は人の手では御し難いものです。代替エネルギーであるイエス・キリストの永遠のいのちが必要なのです。

 「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているか自分でわからないのです」(ルカ23:34)
 このイエスのとりなしのとおり、何をしているかわからずに滅びに向かう私たちが、イエスという人格の中に希望を見出されるかどうかに、私たちの永遠がかかっているのです。すべての人の本当の姿が、鏡のようなイエスの人格の上に映し出されます。十字架を見るとき、罪とは、「イエスのようではない私」のことだとわかるのです。
 イエスを信じることは、この世の処世術ではありません。イエスの両隣にいたふたりの強盗は、これまでの人生が極刑に値する悪党であり、これから数時間後に死ぬだけです。しかしながら、そのうちのひとりは、このイエスを神の子であると信じたがゆえに救いを得たことからも明らかです。

 「罪から来る報酬は死です。しかし、神のくださる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」(ローマ6:23)
 
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Commented at 2011-05-11 00:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cozyedge at 2011-05-11 00:21
MI-HAさん
はじめまして?!
コメント感謝です。実際にお聞きいただいている方からのお声をお聞き出来る事は嬉しい知らせです。
私のしている事はあくまでsalt氏のサポートのみです。
願わくばsalt氏が大胆に語れる様にお祈りくださいませ。
Commented at 2011-05-13 16:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by もも at 2011-05-13 18:43 x
初めまして。小学生男子2人の母です。福島市に住んでおります。私達はもうどのくらい被曝したんだろう…と考えると、無邪気に笑う子供たちに本当に申し訳なく思います。大人の責任として。
私はクリスチャン初心者?で教会に行っていません。お聞きしたいのですが、神様にお委ねすることと自分の努力や知識で行動することは対立することなんでしょうか。例えばまず神様に祈りや感謝があり、その上で現実的に動くことは御心にかなうのでしょうか。この場での質問をお許しください。それでは失礼します
Commented by cozyedge at 2011-05-16 15:30
MI-HAさん
失礼しました。以前はアルファベットではない、ハンドルネームでしたので気がつきませんでした。原発は、本当に恐ろしいです。主の御手の介入と憐れみを祈るばかりです。
Commented by cozyedge at 2011-05-16 15:48
ももさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
原発や災害のことを見聞きするたびに胸が痛むばかりです。
ご質問の件ですが、私の個人的な考えでは、現実的に行動することは御心に背くことではないと思います。人間としての最善を行うことは大切なことではないでしょうか。御言葉にもこう書いてあります。
ピリ2:13「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」
聖書の記述に完全に従うことは難しいですが、出来る範囲で前に進む以外のほかにはないのだと思います。祈って何も行動しないのでは、それが御心であったか否かは分からないのではないかと思います。
Commented by Salt at 2011-05-17 01:30 x
ももさん、はじめまして。メッセージをしているSaltです。福島からの書き込み、ありがとうございます。常に本質的な質問だと思います。私たちの努力も含め「全ては神の恵みの範疇にある」と捉えることが委ねることだと言えます。

何をしても無駄とか、意味がないとかいうことではなく、私たちの思いや働きを通して主がことを行われると信じています。ただ自分の知識ではなく、みことばによる祈りや感謝が努力を正しく方向づけてくれます。
Commented by もも at 2011-05-17 08:48 x
cozyedgeさん、ありがとうございます。
質問についてもとてもお恥ずかしい限りですが、とても感謝いたします。「はっ」と気づかされる御言葉の箇所も教えてくださり、勇気づけられました。
昨日こちらに中部大学の武田邦彦先生が講演にきてくださり、お話聞いてきました。
もうとてもひとことでは述べられない状況であることはまちがいなく、でもその中で与えられた命としてやるべきことをこつこつするしかないと思っております。とりあえず、身近を掃除することが大事らしいです。ぐうたら主婦ですが、子供のため、せっせと拭き掃除頑張ります(笑)
cozyedgeさんもどうぞご自愛くださいますように。ブログ楽しみにしております。それでは。
Commented by もも at 2011-05-17 15:20 x
Saltさん初めまして。ももと申します。実はうちの息子達は発達障害がありSaltさんのブログを先に知りこちらに参りました。ブログで早速取り上げてくださり、お恥ずかしいやら恐縮するばかりです。
すべて神様の手のひらの上に、私達はあるのですね。私が主を知らなかったころも、もっと主を知りたいと願う気持ちも、こちらにコメントしたいと思うことも(笑)神様が導いてくださったんだと強く感じます。 (続きます)
Commented by もも at 2011-05-17 15:34 x
(続きです)
もしイエス様を知らなかったら歪んだ劣等感のかたまりで終わってたでしょう。もちろん今も毎日格闘中ですが何よりも一番のお方が私を生かしてくださるという事実を感謝出来るようになったと思います。
福島市内はほぼ元通りの街並みに戻りましたがまだ避難されているかたが沢山います。市内を走る自衛隊の特殊車両に胸が熱くなります。全国の方々から励まされ支えられ本当にありがたく、どう感謝していいのかわからないほどです。
どうかSaltさんもご自愛ください。日々のお疲れが癒されますように。これからもメッセージとブログを楽しみにしております。長々と大変失礼いたしました。
Commented by Salt at 2011-05-19 01:32 x
ももさん、お子さんたちの証、感謝します。

ご家族のため、福島におられる兄弟姉妹のためにお祈りします。
難しい状況の中で、ももさんのご家族が福島の方々にとっての希望となりますように。
by cozyedge | 2011-05-10 22:25 | message | Comments(11)

使徒の働きは今も続いています。


by cozyedge